私は文庫版の刊行と同時に本シリーズを読み始め、毎年8月のこの季節を楽しみにしてきましたが、それも最後となりました。
これまで全巻通して3回は読んだでしょうか。史上他に類を見ない偉大な国家ローマにすっかり魅せられ、しまいにはイタリア一人旅を敢行し、フォロ・ロマーノやコロッセオはもちろん、観光客もまばらなアウグストゥスのマウゾレウムやカラカラ帝の大浴場などを見て回ったものです。
今、本シリーズを読み終え、目を閉じれば、この偉大な国家を築き守ってきた、偉大な軍人・政治家・皇帝達が心に甦ってきます。
共和制ローマの礎を築いたルキウス・ユニウス・ブルータス。ローマの改革に燃えたグラックス兄弟。共和制から帝政への路線変更を確実なものとした初代皇帝オクタヴィアヌス・アウグストゥス。ネロ帝後の混乱を収めた「健全な常識人」ヴェスパシアヌス帝。最大版図となった帝国を隈無く巡察して回ったハドリアヌス帝。キリスト教化の波に抗った最後の皇帝ユリアヌス。蛮族の攻勢の前に一人奮闘した、蛮族出身の「最後のローマ人」スティリコ。そして、古代ローマはおろかその後のヨーロッパの有り様まで形作った「ローマ史上唯一の創造的天才」ユリウス・カエサル。必ずしも期待通りの結果を得られなかったリーダー達もいますし、良かれと思っておこなったことが悪い結果をもたらしたリーダー達もいますが、ごく少数の例外を除き国家の安定のために信念を貫いた男達ばかりです。
塩野先生の筆が生き生きと描き出す彼らの話を読むと、首相が毎年のように替わる現在の日本を思い起こさずにいられず、この国には今の世の閉塞感を打破し何か偉大なことをなし得る持続する意思があるのだろうかと考えてしまいます。
私は、日本人の底力を信じています。戦後の日本人は、古代ローマ人も美徳とした勤勉さ、誠実さで経済的な繁栄を遂げました。また、21世紀の今日になっても世界には宗教的な対立を背景にした争いが未だに絶えませんが、八百万の神の住まう国の民である日本人だからこそ、古代ローマ人の宗教的な寛容さも理解できるはずです。日本人と古代ローマ人の共通点が、温泉好きなことだけであっては断じてなりません。
塩野先生は本シリーズを通してローマ人を描くことと同時に、イタリアから日本の読者に向けて国家とは何か、リーダーとは何かを問いかけているように強く感じるのです。