海を巡る歴史に造詣が深い著者ならではの、新鮮な中世史の読み解き方が提示される好著だ。扱う時代はイスラムの台頭から始まるが、ある1つの国・王朝の興亡をじっくり説く本ではない。8〜15世紀を中心に、イスラム化された北アフリカから出撃する海賊がヨーロッパの西地中海沿岸、特にイタリア半島の南部及びティレニア海沿岸、シチリアにどれだけ甚大な損害を及ぼしたか、それに対してキリスト教国はどのように防衛・反撃したかという大きな歴史の流れが叙述される。十字軍やノルマンの地中海進出にも触れているが、それよりも名もなき貧しい人々がどれほど苦しめられ、北アフリカに拉致された人々はいかに悲惨な目にあったか、最初は組織的な反撃ができなかったキリスト教国がやがてイタリア海洋都市国家の勃興とともにどのように反撃、あるいは拉致被害者を救出するようになったか、そして拉致被害者の救出のために献身的かつ非暴力の活動を継続した「二つの、国境なき団体」の歴史に重点が置かれている。ヨーロッパ中世史に関しては英・独・仏に目がむきがちだが、海賊の脅威が西地中海沿岸諸国にこれほど大きな影響を与えた(例えば産業・交易の衰退という中世の特徴を形成する一因となった)ことを本書は教えてくれる。結局はキリスト教対イスラム教という一神教同士の対立に帰着するのだろうが、ある時期シチリアで2つの宗教が共生できた歴史的事実は重要。著者は現代も愚行を繰り返す人類の将来に全く希望を持っていないとは言えないだろう。シチリアに比較的多くの頁を割いてその歴史を熱く語る著者の姿勢からそう思う。最後に、本書は本文303頁、イタリア沿岸の海賊監視塔であった「サラセンの塔」の詳細な分布地図と代表的な塔の風景写真がカラー刷りで32頁、そして年表付き。紺碧の海の美しさと廃墟となった塔の対比に諸行無常を感じる。