キティのマフに落ちた霜の針や、お喋りしながら食事していて、どうしてもフォークで刺せない、つるつるすべるきのこに目を向けなければ、「アンナ・カレニナ」は単なる通俗小説に思えたし、エマのふわりと広がるスカートについて指摘されなければ「ボヴァリー夫人」も同様だった。これらの作品を再読に走らせたのが「ロシア文学講義」「ヨーロッパ文学講義」のナボコフで、そのナボコフの「ロリータ」を再読に走らせるのが若島氏だ。「読み」の天才ナボコフは、勿論、小説の手品師。こんなに楽しそうに小説を読む人も、こんなに楽しそうに小説を書く人も私は知らない。読者は若島氏のあとについて歩き、ナボコフの仕掛けたトラップをひとつずつ驚嘆の目で眺めるのだ。
ロリータ登場をほのめかす、茶色くなったリンゴの芯や、つやつや光るプラム!ハンバートがロリータの母にして自分の後妻シャーロットとの会話を避けるためにめくる「少女大百科」の「カ」のページ(カナダ、カナッペ、カヌー、カフェテリア、カメラ、カモ、カヤック……)は、何十頁、何百頁あとのロリータの隠しごと、ロリータとの一夜、そしてロリータの破滅という運命を全て暗示していた!?「ロリータ」翻訳者としてもっとも「ロリータ」を読み返した人であろう若島氏絶賛の“全篇で白眉の場面”とは!?……その場面を堪能し、その他の指摘を確認する歓びのために、また「ロリータ」を再読しなくては!