芥川賞作家古井由吉がゲルマニスト(ドイツ文学研究者)としてデビューした初期のムージル研究論文や解説文を集めた論文集。論文集だが、後年芥川を受賞するように、研究者時代から文章感覚は卓越していたので、アカデミズムの歪な文体ではなく独特の明晰な文章で綴られている。これは著者がドイツ文学作品としてオーストリア文学の大家ムージルの文体に影響を得たためである。ムージルは、オーストリアのエリート官僚の家系であったが、世紀末の爛熟した時期に青春を過ごすが、両親と母親の愛人とが同居する奇妙な家庭に育つ。大学では学位を物理学者エルンスト・マッハ論で取得し、科学的な認識論をベースに小説作法エッセイズム(これは彼だけの手法ではなく、H.ブロッホなども使っている。命名者はヴァルター・イェンス)を構築する。その科学性に育まれた明晰な文体の影響を古井は如実に受けている。その影響力を自ら明かした論文集であり、古井由吉研究にはまず最初に読まれるべき1冊である。著者のしなやかな文体の秘密がここにある。