内容説明
詩人にして彫刻家、光太郎のロダンへの讃仰ロダンの自然主義と生命の芸術論に強く影響を受けた光太郎によって翻訳紹介されたロダンの言葉はそのまま、彼の芸術との確執を読み取る貴重なテクストでもあった
内容(「BOOK」データベースより)
その詩業において不可欠である智恵子の存在と同様、光雲の嗣子として生まれ彫刻家の運命を定められた高村光太郎にとって巨匠オーギュスト・ロダンとの出会いは、天啓にもひとしいものだったにちがいない。「ランスの本寺」に始まり手稿、聞書を翻訳編纂することは自らの芸術観を確立するための必然的な作業でもあった。そして本書は若い芸術家たちに歓呼で迎えられた。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
高村 光太郎
1883・3・13~1956・4・2。詩人、彫刻家。東京に生まれる。木彫家の父・光雲にならって東京美術学校(現在の東京芸大)彫刻科に入る。ロダンに傾倒。青年期から詩を「明星」などに発表。欧米からの帰国ののち長沼智恵子を知り、第一詩集『道程』を刊行する。彫刻のみならず詩作、評論、翻訳に才能を発揮する(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1883・3・13~1956・4・2。詩人、彫刻家。東京に生まれる。木彫家の父・光雲にならって東京美術学校(現在の東京芸大)彫刻科に入る。ロダンに傾倒。青年期から詩を「明星」などに発表。欧米からの帰国ののち長沼智恵子を知り、第一詩集『道程』を刊行する。彫刻のみならず詩作、評論、翻訳に才能を発揮する(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)