ロジャーズはパーソナリティ変化のためには上の6つの条件をすべて満たしてい
ることができていれば良いとしているが、かといってそれ以外のものがまったく不
要であるとは述べてなかった。また、あいづちやうなづきは技法としては重要だが
、それ自体には意味があるというよりも、それを媒介にして6条件を満たせば良いと
考えていたようである。
このことは非常に良く分かる主張で、単に技法的な問題ではなく、その背後にある
人間性やスタンスといったものがセラピーには重要であるといった考え方を持ってい
たのであろうと思う。
また、2〜6の条件は程度問題としており、完璧に「受容できている」とか「共感で
きている」といったことを維持しなくては行けないとは書いていなかった。ある意味
では、到達不能な努力目標として位置づけていたのであろう。
ただ、単純にそれに向けて努力すれば良いというのは、僕には少し疑問が残るとこ
ろで、臨床をしていれば、共感できないこと、受容できないこと、一致できないこと
、が多く起こり、どうしてもポジティブな気持ちを患者に持てないこともある。それ
を6条件を満たす方向で努力するというだけでは、なんだか腑に落ちないところがある。
そういう「できない」ということはそれ自体に何かの意味があり、それこそが関係
の一部が現れているのだと理解することができる。そして、その意味について理解し
ていくことで、「共感」「受容」「一致」できるようになっていくことが僕の経験と
しては多かったと思う。このことをロジャーズは「チャンネルを通して」という風に
表現しているのかもしれないが。
とにかく、単に杓子定規に「共感」「受容」「一致」したら良いというのはやはり
誤ってロジャーズを理解しているということになると思う。ロジャーズ派かどうかは
別としても、一度はこの論文に目を通しておくことは大切なことであろうと思う。