ポリトコフスカヤの遺作が出版されると聞いて期待に胸をときめかせた。そんなことをすると失望する可能性が高くなると分かっていても、前に読んだ彼女の「プーチニズム、報道されないロシアの現実」のすばらしいジャーナリズムがまだ記憶に新しく、ついつい待ち焦がれてしまった。実際読んでみると前の本とはかなり違う事を感じた。日記形式である為に内容の統一性が欠けている事である。しかしそれが故にリアルタイムのニュースをテレビで刻々と見ているがごとくの錯覚に陥った。一般にそのような即興のニュースは深さが欠けるものだが、この本はやはりポリトコフスカヤと思わせる,洞察の深い彼女自身の個人的な意見が要所要所に効果的に述べられている。現在ロシヤ国民の80%が表面なりとも支持するプーチン体制の暗い裏側を暴露する勇気にはいつも敬服する。墓の中からの告発である故もあってその重みは言うまでもない。読んでいくうちに、こんなことがあったのか、あるいはこんな解釈の仕方があったのかとあたかも宝物を見つけた様に感じたのは私だけでは無いだろう。
「プーチニズム」の本ともう一つ違うと感じたのは、まえの本は著者が読者にロシヤの政治や司法のバックグラウンドをあまり期待せず書いた本のように思えたのだが、この本は日常の政治的な知識が当たり前の様に書かれている事である。これはまさに翻訳家泣かせの本である。前に『こんな翻訳ならもう一度読んでみたい気がする』と書いた事がある。この本は翻訳者,鍛原多惠子氏のポリトコフスカヤの二冊目の本だが,政治的背景や言葉の宿題を極めて丁寧にしている点では前の本に勝るとも劣らない翻訳である。ロシヤの本に有りがちな何かそぐわない感じのする言葉使いを極力避けている点で翻訳者の心使いの感じられる本でもある。 期待に胸をときめかせたのは間違いではなかった。