あいかわらずいつ見ても初期のテレビスペシャルは良作が揃っている。
ルパン三世とは本来、大人のものであった。
子供心にも垣間見える厭世感や倦怠。
セクシャルなシーン、くすんでいるけれどず太い友情。
シリアスな人間心理の描写。
劇中で交わされる会話は大人たちのそれであって、
我々はそこにハードボイルドという概念を通し、
彼らが抱く大人の感情を幼心にも憧れつつ見ていたように思う。
当時、ルパン三世を見ることはある種の背徳行為だと言えた。
このレビューを読んでおられる方もちょっと思い出して、考えていただきたいのだが、
我々にとってのルパン三世とはこういうものではなかったか?
「子供が見るものじゃありません!」というちょっぴり反教育的な…だけどカッコイイ。
しかしいつからかルパン三世は子供のものになり果ててしまい、
近年になるにつれこの印象は強まりつづけている。
いまではルパン三世を見た際に味わえた子供ながら大人のものに触れているドキドキ感。
自分もつい背伸びをしたくなるようなテンションの上がる感覚が失せてしまった。
私はそういう意味で初期のテレビスペシャルを強く推薦する。
それにしても昔ながらのルパンファンが現状に対して一様に感じる不快な違和感はなにか?
結論としてはどうだろう。
我々が大人になったのではなく、
ルパン三世が子供化してしまったのではないか。
この傾向は新旧のルパンを見比べてしまえばどうしても否みがたいものになってしまう。
そこへいくとこの作品「ロシアより愛をこめて」の価値は相対的に上昇してくる。