なぜ弁護士は「悪人」を弁護するのか。この素朴な疑問に高名なアメリカの弁護士である著者は端的に答えている。
弁護士も他のすべての職業と同じく、社会の中での一定の役割を持っている。弁護士の役割とは、依頼者(あなたであり私である)の利益を最大限に守るということである。弁護士にとって「よいこと」とは依頼者のためになることを意味し、世の中全体のためになることや自分自身のためになることを意味しない。誰にでも好かれるケーキのような弁護士は、弁護士失格なのだ。
また、弁護士は依頼者の性別・人種・信条はもとより依頼者が行ったとされる行為によって弁護の質を変えてはならない。常に、依頼者にとって最高の弁護をすることが要請される。だから、「悪人」を弁護することはむしろ当然であり義務ですらある。
こうした弁護士の熱意が常に理解されるとは限らない。著者自身、O.Jシンプソン事件の弁護を引き受けたとき、激しい攻撃にさらされた。しかし、著者はアメリカが過去に経験した赤狩り時代のローゼンバーグ事件等を引き合いに出して、被告人が弁護人に効果的な弁護をしてもらう権利の保障されることの重要性を訴える。
著者のような弁護士(ハーバード・ロースクールの教授でもある)をもつ社会を羨ましいと思う。では日本にはそのような弁護士はいないのか。そうではない。ただ米国以上にそういった弁護士は不当に扱われている。それが本書を翻訳した動機だと訳者は後書きで述べている。
本書を読めば、しばしば道徳的でない依頼者の代理人になるということは、どれほど倫理的であることを要求されることであるか、ということが理解されるはずだ。裁判員制度が目前に迫っている。卓抜した語学力を持ち、日米双方の刑事訴訟に精通した訳者によって翻訳出版された本書は刑事弁護人とは何かを考えるうえで必読の一冊と言える。訳者の努力とその成果に感謝したい。