たしかにとんでもない労作だ。しかし、どう見ても事典ではない。そもそも「レトリック」の定義が、日本語の修辞でしかない。本来の西欧のレトリックは、文章表現はもちろん、抑揚から身振り手振りまで、語り方全般に関わるものであるにも関わらず、言葉のアヤの話に終始するとは、ちと狭すぎるし、レトリックの研究としても、いま出す本としては理論的に古すぎる。
しかし、仕方ないのだ。もともとこれは、病気に倒れた國學院の佐藤信夫の80年代の膨大なノートを再整理して事典仕立てにしたものだから。佐藤先生の功績は、細部は未完成ながら、この本の構成としての全体像ががっちり理論的に整理されていたことである。とはいえ、人が作った構成に従って、書かれてもいない用語説明を、用例だけから起こすというのは、なんという恐ろしい作業か。それらの用例は、全部、試験問題のようだったことだろう。かような事情で、用例も、佐藤先生個人の私的な偏りがあまりに大きく(漱石より鴎外が好き、井上ひさしや筒井康隆、志ん生は出てくるが、遠藤周作や北杜夫、関西の膨大なお笑い(織田のみ、ちょっと)は無視、等々)、新解さん並みに、読んでいておもしろい。
もともとが概念の整理に重点が置かれており、類語の対応はすばらしい。佐藤先生の「問題」に、佐々木先生、松尾先生が書いた「答案」も、とても勉強になる。加えて、松尾先生が書き下ろしたと思われる第六章「伝統レトリックの体系」は、この本の扱わなかった巨大な部分の存在を視野に入れていて、佐藤先生の分類法の問題点を、冷静に示している。
なんにしても、言葉に遊ぶアンソロジーとして、読書家が読んで、楽しい本だ。しかし、いかに人に語るか、自分の思いを伝えるかという言語行為としての対人的な視点のない、こういう書かれた言葉そのものの表面的な表現技巧には、いまさら実用性はない。物書きの役には立たない。