***
議論の嫌いな人であっても,「質問」されると,つい答えてしまいます。しかし,その「質問」が,「分からないから教えてほしい」という単純な質問ではなく,うっかりと答えてしまうと,必ずといってよいほど,相手に論破されて赤恥をかくことになるという「仕組まれた質問」だったら,どうすればよいのでしょうか。
***
本書は,「質問」に答えているうちに,いつの間にか論破されてしまうという「質問の形をとった議論の高等テクニック」について,漱石の『坊ちゃん』からドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』に至るまで,古今東西のよく知られた文学作品など17話を取り上げ,そのうち,第14話までに出てくる「隠された意図を持った質問」を紹介し,そのような「質問」にうっかり乗らないように警告するとともに,そのような「質問」に乗った場合にも,その問いの隠された意図を打ち砕く,「さらに高等な議論のテクニック」(「護心術」としての弁論術)を紹介するものです。
***
本書の最も重要なテーマは,「普通に平叙文で主張するよりも,その意図を隠して,相手方への『問い』の形にする方が,格段に効果的となるのはなぜか?」を解明することです。
著者は,その理由を,本書のあちこちで説明しており,要領を得ません(著者自身も,別の著書(
香西秀信『論より「詭弁」−反論理的思考のすすめ』光文社(2007))の第5章(155−175頁)で,「問い」が「平叙文」よりも強力となる理由について,論じ直しています)。そこで,この問題のポイントを,論理の流れに沿ってまとめ直すと以下のようになります。
***
第1に,「分からないことについて説明を求める」という「問い(質問)」の体裁をとられると,議論が嫌いな人でも,答えざるを得ません(第1話:20頁)。
第2に,質問をする方は,相手の答えが,自分が論証したいことと反対のことを言わせるように質問をうまく構成することができます(第1話:19頁,第2話:29頁,第3話:40頁,第5話:58−59頁)。その方法としてよく使われるのは,「二者択一の問い」であり,一方の選択肢を相手に言わせたいものとし,他方の選択肢を相手が選択できないようなものとして構成する方法です(第1話:27頁,第4話:49頁,第7話:79−83頁,第8話:86−89頁,第9話:102頁)。
第3に,そのようにして構成した「仕組まれた問い」によって,自分の主張とは反対の言明を相手から引き出すことによって,言質を取ることができます(第6話:66頁)。
第4に,もしも,自分の主張をまともに主張していたとしたら,その根拠(データ)と論拠(理由づけ)とを,「言い出しっぺ」のこちらが証明しなければなりません。しかし,「仕組まれた質問」によって,相手から引き出した言質については,反対に,その根拠(データ),および,その論拠(理由づけ)を,こちらは証明責任を負わずに,相手を一方的に攻撃することができます(第4話:50頁)。
第5に,このようにして,自分からは主張せずにおいて,相手から自分の主張したいことと反対の主張を引き出すことができたならば,それで,勝負は,ついたようなものです。なぜなら,このことによって,論証に関する証明責任が転換されたからです(第8話:96頁)。
つまり,「意図された質問」を使った「弁論術」のカラクリは,質問によって,自分が主張したいことの反対のことを相手に言わせて言質を取れば,相手が証明責任を引き受けてくれるので,それを論破するだけで,自分の主張が難なく通ることになるというものです。
このカラクリが分かれば,そのような質問に安易に乗らないことが大切なこと(第2話:31頁,第6話:68-75頁(特に,72-75頁),第7話:83頁),質問に乗った場合には,こちらから質問を返すことによって,証明責任を元に戻せば良いことも分かります(第8話:95-96頁,第10話:109頁(「ジレンマを切り返す技術」についての説明は実に見事です))。
***
以上述べたように,本書の内容は,「意地悪な質問」に安易に答えることによって,無体な議論に巻き込まれないように予防し,かつ,そのような議論に巻き込まれたときに,対処する防御方法(著者のいう「護心術」(6-9頁))を明らかにするという,「弱者保護」の観点からも,素晴らしい内容となっています。
***
しかし,先行するカスタマー・レビューにも述べられているように,本書には,タイトルについて,以下に述べるように,重大な問題が残されています。本書の評価を少し低くしたのは,内容ではなくタイトルに問題があると考えたからです。
***
本書が発刊される8年前に,本書と同じ内容の原著(
香西秀信『「論理戦」に勝つ技術−ビジネス「護心術」のすすめ』PHP研究所(2002))が発刊されていました。それが,絶版となったため,筑摩書房が文庫版にしたものが本書です。
したがって,一般消費者が,本書を上記の原著とは異なる本(香西氏の新著)だと勘違いして購入しないためにも,タイトルは,原著と同じにすべきでした。本書の著者の意図が「まえがき」にあるように,「論理戦に勝つ技術」(特に,第15話〜17話)および「護心術として」「議論術を身につけていただくために書かれた本」(9頁)だと言うのであれば,なおさら,タイトルは元の本と同じタイトルとすべきだったのではないでしょうか。
本書のタイトルを『レトリックと詭弁−禁断の議論術講座』と改めなければならなかった理由はどこにあったのでしょうか。
本書のテーマとなっている「質問の形式をとって,隠された主張の立証責任を相手方に転嫁し,それを論破することによって自らの主張を論証する」という弁論術は,レトリックでは,閉鎖の原理(29頁)とか,「修辞疑問」(58頁)とか言われており,注意を要するとはいえ,詭弁とはいえない弁論術の一種でしょう。そうだとすると,本書のタイトルとしての『レトリックと詭弁』は,タイトルとして意味が不明であり,少なくとも,原著の『「論理戦」に勝つ技術−ビジネス「護心術」のすすめ』というタイトルの方が,著者の意図により合致していると思います。また,本書のサブタイトルである「禁断の議論術講座」というのは,著者の意図する弱者のための「護心術」としての弁論術とは,かけ離れたタイトルであり,本書が原著の復刻版であるとの印象をますます遠のかせるミス・リーディングなタイトルといえます。
***
したがって,本書を原著である
『「論理戦」に勝つ技術−ビジネス「護心術」のすすめ』PHP研究所(2002)とは異なった本(香西氏の新著)であると誤認して購入した読者に対しては,出版社(株式会社筑摩書房)は返品に応じるべきでしょう。
また,先行するカスタマー・レビューでも指摘されているとおり,ネット書店も,これが原著の復刊文庫化であることを明示すべきであり,先行するカスタマー・レビューで問題点を知りながらそれを放置している限り,本書を新著と誤解してネットで購入した購入者に対しては,ネット書店も責任を負うべきであると思われます。
いずれにせよ,被害の未然防止と救済のために,各社とも,お互いに連携をとりながら早急の対策を講じるべきです。