このアルバム「Lady in Satin」(1958)は、ビリー・ホリディの辛い(と言われる)人生や、その背景や、音楽的分析云々やら…というような先入観や予備知識をあまり持って聴かないほうがいい。そういう刷り込みがあると、これらの歌に込められた大切なことを見失う。またビリー・ホリディがそういう聴き方をされて喜ぶとも思えない。黒人や差別やジャズや恋愛や、彼女の人生の中で起きて経験してきたこと、それらを振り返りながら、それら全てをひっくるめて今は愛おしく思う、その人生を慈しむ気持ちを込めて唄われたのがここに収められた彼女の歌なのだと思う。私も年齢を重ねるにつれてそういう意味がわかってきた。
ビリー・ホリディ最晩年のアルバムだが「I'm a Fool to Want You」をはじめ全てが名唱、彼女の他の作品に比べ録音もクリアで聴きやすい。ストリングスをバックにした演奏も穏やかに、ある意味神々しく響く。初期の作品に比べれば声そのものが衰えているのは事実だが、悲壮感は既に無く、この頃にはそういうことは遥かに超えた領域に彼女の精神は到達していたのだと思う。だから素直に人生を唄う歌そのものを聴いて、それぞれの人がそれなりの感じ方をすればいいのである。
ニーナ・シモンの「Little Girl Blue」と並び、ジャズというジャンルも国境も時代も超えた、歌と音楽の本当の力を聴くべき大傑作アルバムだ。