1巻から読み続けているが、まだ、この作品を評価するには早いと感じている。ただ、非常に興味深い。
この作品の時代には私はまだ小学生で、大事件としての「よど号ハイジャック」「あさま山荘」「連合赤軍」事件として
の記憶しかない。
その後1993年に死刑判決を受けた坂口弘(劇中「谷川」)が同年に出した「あさま山荘1972」が気になり、当時買って読んで、
そこに至る経緯が、真理に関する特別な物語ではないことに、逆に驚いた記憶がある。その2年後の「地下鉄サリン事件」で
は、連合赤軍事件と坂口の本を思い出した。
私とほぼ同年代の作者もインタビューなどで、そのあたりが本作を書くに至る出発点になった旨語っているようである。
それは「何故、どうして、こんな結果になったのか?目指すところ、行き先は、まったく別のところではなかったのか?」
という疑問である。ハルバースタムの「ベスト&ブライテスト」も同じ疑問から始まっている。
2巻の巻末の対談で押井守が「言葉で自分自身を追い込み、他人を追い込み、自分も破滅し他人を破滅させる」と言い、作
者が「人間である限り、・・・また起きる」と言っているが、本作品は、ノンフィクションでドキュメンタリーに徹するこ
とで、また、言葉だけでなく画で見せる、造形を与えることで、現在のところそのことを描き出すことに成功していると思う。
これは、過去も現在も未来も会社などでも日常的に繰り返し起きていることだ。それは実感としてある。文化大革命を周恩来
が書いていたら、きっと、よく分かったのだろうと思う。
6巻ではその後の連合赤軍事件の一連の総括リンチ殺人にエスカレーションしていくと思われる永田洋子(劇中「赤城」)の
遠山(劇中「天城」)への批判とそれを受け入れる赤軍(劇中「赤色軍」)の経緯が提示され、次巻に続いている。
死の運命のナンバリングと繰り返し提示される各人の運命のカウントダウン。言葉で作られた彼らの世界と目指すものとは
違う運命。不真面目さが助け、真面目さが過酷な運命を呼び込む理不尽。
遂に榛名山系に入り、この後起こる破滅的な暴走を作者がどう描くのか、興味を持って読みたいと思う。ドキュメンタリーに
徹し今までの手法で描ききるのか、それとも、本質について山本直樹が初めて語ろうとするのか、にも興味がある。