香港のことを考えると切なくなる。『欲望の翼』という映画で香港に魅せられた僕は、返還前後の香港にせっせと通って、猥雑な街を歩き、映画を観、CDショップをめぐった。
ジャッキー・チェンも、Mr.Booも、キョンシーも、チョウ・ユンファも知ってはいたが、熱くはなれなかった。それがウォン・カーウァイで一気に熱くなってしまったのだから、今思えば若い。そして僕が香港に熱を上げていた時代は、レスリー・チャンの絶頂期とピタリと重なるのだ。
レスリーの死を知ったときには、僕の気持ちはすでに香港から離れていた。自殺という訃報に接してびっくりはしたけれど、昔の知り合いが亡くなったような冷めた部分もあった。
あれから7年、僕はどういうわけか最近、香港のことをよく考えている。初恋の人を事あるごとに思い出してしまうように。そんなとき本書に出逢った。さよならも告げずに置き去りにした恋人と、きちんと向き合うような気持ちで、僕はこの本を買った。
読みながら、レスリー・チャンが生きた香港を追体験した。少年期やティーン期には正直あまり興味が持てなかったが、デビュー期、開花期、転換期、リターン期、成熟期…と章が進むにつれて、だんだんおもしろくなっていった。解説の密度にムラがあったり、説明がやや不明瞭なところも少々あるけれど、目くじらを立てるほどではない。興味がある読者なら、少し想像力を働かせれば済む程度の問題だ。
久しぶりに香港に行きたい。そのときは、レスリーが飛び降りたマンダリン・オリエンタル・ホテルにも足を運んでみよう。遺体が発見されたアイス・ハウス・ストリートを自分の目で見てみよう。そこにはきっと、二度とは元に戻れないが、確かに時間とエネルギーを費やしてこの街を愛した、僕自身の亡霊もいるはずだ。