医療の実務者が、医療に関わる専門的な分野(疫学とか生理学とか内科学とか薬学とか手術の
技術とか)ではなく、医療行為を円滑化するための業務コミュニケーションの「技術」を試論したもの。
フロムの『愛するということ』にテイストが近いと思いましたよ。技術だとは了解されていないけど、
実は技術なのだ、という点が特に。
誠実さを伝える「技術」、病だけではなく患者さんが組み込まれている人間関係(医師を含む)という
系全体の適正な継続を念頭に置くこと、無駄がある理由を考える・・・などなどなど、非常に重要で
示唆的な指摘が満載です。
医療現場での医療行為の円滑化に焦点が絞られているけれど、このエッセンスは、あらゆる交渉事に
応用可能なのではないか。業界を問わず、業務に要請される専門的「知識」に随伴して、本書で指
摘される円滑化の「技術」は一考の価値ありと思います。
本書の内容は訴訟対策にまで及んでますが、それも生半可な法律論なんかではなく、あくまでそうした
極端な状況下で、安定した対応をするための「技術」に徹している点には感服。
個人的な印象としては、医療社会学というとパーソンズですが、構造的な焦点から捨象されてしまった
とされてる部分がゴフマンとかエスノメソドロジーなんかでフォローしているところを、改めて構造的な問題へ
引き戻す契機を与えてくれているような意義も感じてます。
また、コミュニケーションの「接続可能性」の見事な経験への適用事例でもあります。
とくに、患者さんの「理解」が、患者さん側で内的に生成されるのだという指摘と、それ以上に、その内的
理解の生成のために「条件」を「整えてやる」必要性を「技術」として語っているところなど、まるで
ルーマンを読んでいるようでした(大胆に言ってしまった。反省してません)。