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武士道と言って、普遍的原理に固めようとする傾向を、私は好かない。
「一期一会で居合う」ことが美しさの根本である。
普遍的原理によって人を裁くのではない。掛け替えのないその小宇宙に自分の全存在を投げ出す、それが一期一会であり、日本文化の根幹である。徳川期の武士道より、さらに前の剣豪達に真の美しさを、私は感じる。
騎士道が普遍的原理に則っているのに対して、武士道は現実の存在に寄って立っていると言う批判がある。言い分は理解できるが、20世紀最大の発明は相対性理論だ。普遍も、実は相対的なひとつの現実に過ぎない。もちろん、普遍と言うものの強さ、絶対の堅さを卑しめているのではない。信じることによってのみ、現実は自らの前にその姿を現すものなのだろう。
しかしながら、例えば、現実の「殿様」に忠誠を尽くすとして、その殿様が、「普遍的原理」を信じよと言ったら、どうなるか。「脳味噌の順番」こそ違うかも知れないが、現実の行動における差異は皆無になる。
武士道と言うよりも、騎士道(西洋文明)と言われた時に、「怖気づく」態度こそが、武士道を分かり難くしているのかもしれない、と言う反省も大切である。