月給10万円でイラクの激戦地の工事現場の料理人を半年務め上げた記録である本書は2つの意味ですごい。まず、平和主義の我が国で、機密の多い戦争の内部に入り込むのは困難を極める。内部の視点から「戦争の民営化」が書かれた、という意味で貴重である。そして、厳格な入国管理で公用以外の入国がほぼ不可能で、ニュース価値が減じた上に危険極まりない中で、日本人ジャーナリストもいないイラクとイラク人を3年前、移動の自由が一切なかったとはいえ1年継続的に見続けた点である。
イラク戦争の末端を担う出稼ぎ労働者の実情を知りたい著者は、和食の料理人経験を偽り、アシスタントシェフとして取材の意図を隠しながら働く。料理人としての日々の仕事内容記述と、ジャーナリストとして、同僚のイラク人やネパール人たちへのインタビューや、50メートル四方の居住区周辺から見える状況の取材という二つの柱からなっている。周りは一面砂漠の居住区からは危険なので、ほとんど出られないし、爆弾が数百メートル先に着弾するし、夏は気温50度。砂上の牢獄といってもいい精神的に参ってしまいそうな空間で著者は毎日12時間働く。後半は給料の遅配、ボスに昇進してからの運営状況の記述、撤収時のイラク人の略奪など、読むほどにイラクの希望のかけらもない現実をいやというほど思い知らされる。「反米民兵をしているイラク人スタッフもいるから、基地内のイラク人も一切信用するな」というコマンダーの注意は象徴的だろう。
元人質の汚名を着せられた著者がイラク報道への関心を持ち続けていたことに感心した。数十四方メートルの空間から、イラク人と外国人の埋めようのない相互不信、無法地帯ぶり、過酷すぎる生活環境など、様々なイラクの現実が浮き彫りにされていて、優れたイラク戦争のジャーナリズムとして読める。「約1年をかけた非常に濃い内容で新書」、というCPも勘案して☆5。