「就職氷河期」について語ることは難しい。それはフリーターの定義に上限年齢があるように既に過去のものになりつつあるということ。及び現在長らく続いた好景気の過程で世代的断絶が生じ、ともすれば「自己責任」「ココロの問題」に貶める言説が纏わりついたからだ。しかし、昨今「格差」否「貧困」という「経世済民」の問題であることがようやっと世に受け入れられ始めた。同著者の前著『ルポ正社員になりたい』はまさにその記念碑的仕事であったと思う。
しかし、世において格差問題の象徴としてあまりにも「非正規雇用」問題がクローズアップされた結果、世代に加えて正規・非正規雇用という新たな断絶を生み出してしまった。それは労働者の分断に繋がり、真の問題「経世済民」を覆い隠す。そのような危機感に基づいて書かれたのが当著であろう。この本では具体的に非正規雇用、正規雇用とを問わず、また職業を問わずその劣悪な労働環境、悲惨な履歴が取材ノート70冊に及んだとされるルポとしてこれでもかこれでもかと並べ立てられる。この間の国際競争力の強化・規制緩和の名の下に起きたことの本質は、労働の非正規雇用化というよりも、単なる労働の劣悪化に過ぎなかったということだ。
私はこの本を読んで貧困ビジネスとしてもっとも若者を食い物にしているのはリクルートではないかと考えざるをえなかったし、この間の銀行・保険業界の大量採用の実態はより多くの人が就職前にあるいは金融商品を購入する側にまわるとしても知っておくべきことであろうと思う。また、この本では暗い話ばかりではなく、希望として富山県の新しい労働への道や中国で成功した現地採用のなされ方を通して労働の普遍的方策が示されている。
就職氷河期の非正規雇用問題が問題なのではない、現在進行形で劣悪化した若者の労働待遇全般の問題なのだ。そしてそれはやがて日本国の将来に直結する。中国やインドと比べて日本の賃金は高いなどと普通に言えてしまう折口雅博や堀紘一のような経営者がいる時代だからこそ、問題の本質から目を逸らされてはいけない。「生かさぬように殺さぬように」どころか「生かす」こともできないような労働にしたのは誰かという著者の魂が籠もった怒りが伝わってくる。