作品によって、耽美なホラー(『綺譚集』)であったり、繊細な恋愛小説(『赤い竪琴』)、はたまたノスタルジックな色彩の青春群像劇(『ブラバン』)だったりと、わりと多岐ジャンルにかけて棲息する津原さん。今作では「推理小説」の形態をとっている。ジャンルうんぬんと書いたものの、結局魅力的であるのは、その秘密めいた香りで酔わす文体と、絶妙に洒脱で、しかし妙に抜けた感のある登場人物たち。
今作の雰囲気は、津原泰水名義の作品中においてはかなりキャッチー、というか、より一般的な俗っぽさがある。なので、各人物のキャラ立ちをはっきりさせるための導入話『冷えたピザはいかが』なんかは、珍しく下世話な感触が印象として強く感じられるため、ん?なんか普通っぽいぞと思ったりしたのだが、やはり話が進むにつれその設定や描写にどんどんと独自色が加算されていき、気づけばいつもの如く、なんとも言えぬ磁場を放つ津原ワールドに包まれていく。
そんな中、とりわけ良かったのが最後の「大女優の右手」。ある人物の不可解な死を巡る群像模様が描かれていくのだが、物語のキーである、その女優の一つの疑惑を辿る過程で何度か登場する戦後の昭和光景の描写が非常に良い。アンタッチャブルな気配を強く匂わせるこの時代特有の空気は、怪しの幻想で、全体に高貴とも言える艶やかな絹のヴェールをかける津原作品の世界観(の一つ)を端的に表すようで、この話だけ取り包む空気が他とは全く異なっているようにも感じた。蒼い昂揚、とでもいうべく独特のモノがあります。