本書はおおむね3つの軸を基本として立てられているということができるだろう。
ひとつは、ルイス・キャロルの文学作品(両『アリス』や『シルヴィーとブルーノ』等)に対して、数学的な観点からコメントをしなおすという軸。
ふたつには、キャロルのあまり有名でない数学的作品を紹介するという軸。
みっつには、キャロルの数学的作品("A tangled tale")の新たな訳という軸。
本書の白眉はこのうち第三の軸、A tangled taleの新訳にあると思う。すでにA tangled taleは柳瀬尚紀の手によって『もつれっ話』というタイトルでちくま文庫から出版されているが、私はそれを読んであまり感心しなかった。もともと数学的センスがないので、物語のなかにいったいどのような問題が織り込まれているのか、また読者から寄せられた回答とキャロルによる解説がいったい何を言っているのか、判然としないまま読み終えて実にいやーな気分になったのだった。また、原文と見比べた上ではいくらか誤訳らしきものが見られ、それが問題の理解をいっそう困難にしているようでもあった。
その点本書は、執筆者が数学者であるためか、問題の提示・解説・言葉遊びに対する注釈、どれをとっても明晰な形で書かれており非常にわかりやすかった。典型的な文型頭の私でも問題に取り組んでみようという気を起こさせるいい作品である。『こんがらがった話』のこの翻訳のためだけにも本書を手にする十分な価値があると思います。
本書にはほかにも、キャロルのあまり知られていない数学的作品(たとえば選挙方法を数学的に考察した小文など)も紹介されており、これがまたなかなかに面白かったりする。『アリス』以外のキャロルの作品同様、本書があまり読まれていないらしいという事実はじつにもったいない話だ。