個人的には安倍さんの漫画は久しぶりだったので読む前は期待半分不安半分と言ったところでしたが、
一ページ、一ページ、読み進めるごとにそんな杞憂も吹き飛んで行き、最後に残ったのは心地の良い読後感でした。
相変わらずのセンスのようで、大変安心しました。
さて、この『リューシカ・リューシカ』を語る際に、やはり外せないのは『よつばと!』の存在でしょう。
どちらも風変りな子供の日常を描いた漫画であり、その点では『リューシカ・リューシカ』は非常に
『よつばと!』に似ている部分がありますし、また、その影響を受けていないとも言いきれないかも知れません。
しかし、この二つの作品には明らかな違いが存在します。
それは『よつばと!』が日常に静的な視点を置き、丁寧な描写でそれを切り取っていくに対し、
『リューシカ・リューシカ』が、日常の中の動の瞬間を描いているという点です。
これは、大きな差だと思います。
何故、似たような風景を描いているこれらの作品でこのような差がでるのでしょう?
それは主人公の行動を誰の目線から描いているのか、ということによるのではないでしょうか。
『よつばと!』は大人の目線から、よつばを描き、
『リューシカ・リューシカ』は子供の目線から、リューシカを描いているのです。
これによって私たち読者の姿勢には、このような差が生まれるでしょう。
『よつばと!』は、大人の目線に立ち、奇妙なよつばの行動に驚かされることとなるのに対し、
『リューシカ・リューシカ』は、子供の目線に立ち、奇妙なリューシカの行動の共犯者となるのです。
『よつばと!』を読んだ読者は、『ああ、時として子供はなかなかするどいことを言うものだ』という感想を持つでしょう。
一方『リューシカ・リューシカ』はどうでしょうか?
「もうおもいだすことができない」とリューシカが泣けば、私たちも「もうおもいだすことができない」と泣くのです。
この差は、やはり、大きい。
その点においては別の作品として、差別化ができていると、私は思います。
よつばが走れば、『大人の』私たちは慌てます。
彼女は脚がはやいので、私たちも走って追いかけなければならないでしょう。
じゃあ、リューシカが走った場合は?簡単ですね。
その時、すでに『子供の』私たちも彼女とともに走っているのです。
追伸、それにしても安倍先生の描く食べ物は相変わらずマズそうだなあ(笑)
うん●が上手な分、余計にそう感じてしまいます(失礼!)