日本アニメの生き証人が語る、(興行的には)失敗作「ニモ」の企画立案から完成までの10年以上の紆余曲折。投入された予算55億円も破格なら、かかわった人材も多彩だ。日本からは、宮崎、高畑、大塚、出崎、近藤、友永など、掛け値なしのトップクリエイターが参加し、米国からはスターウォーズのプロデューサー、ゲーリーカーツ(この人がニモを振り回したことが失敗の原因だった)、プリプロダクションにはメビウス、原案はレイ・ブラッドベリ。このものすごい面子を集めた凄腕のプロデューサーこそ、本編の主人公、藤岡豊である。
藤岡は、大塚の回想の中で言う。「世間じゃ宮崎、高畑と、監督ばかり注目するが、苦労して金をかき集め、製作場所を確保したプロデューサーはどうなるんだ。おれにだって演出ぐらいできる」
惜しむらくは、本人の回想録ではないので、駆け引きや交渉の手練手管や苦労が語られていないことである。あくまでも、大塚康生が見た藤岡豊の一代記である。