私自身はピアスの穴すら開けられないほど「痛い思いをすること」には臆病なので、痛みを伴うリストカットはしたことがない(ただし、痛みにやや鈍い家系なのか、怪我でアキレス腱断裂をしても痛みがなかった)。
その代わりといっては何だが、拒食一歩手前の「食事をしようとしても体が受け付けない」という状況は若い頃2度ほど経験したことがある。さらに、食べているつもりでも量的にはかなり少なかったのだろう。激やせして、健康診断で「あなたの体は飢餓状態です」と言われたこともある。「食」に現れるこういった症状も、幅広い意味での「自傷行為」なのだろうか、その疑問からこの本を手にした。残念ながら、この本では「過食」については「間接的に自己を破壊する行為」という記載があったが、「拒食」についてははっきりとはわからなかった。
読んでいくと、「自傷行為」と「自殺未遂」の区別が非常に困難なものであることがわかった。これについては、個々のケースをひとつひとつ検討するしかないようだ。自傷行為が自殺に発展するケースがあることもわかった。それゆえ、自傷行為の段階の進行を食い止める必要があるということも。しかし、その対応はとても難しいことも理解できた。
過去に職場の知り合い2人が自殺で亡くなった。私よりかなり年上の人々だった。友人ではないので詳しいことはわからない。ただ、1人は鬱で通院していたことがのちにわかった。しかし、あと1人の理由は今も不明だ。「これかもしれない」というものはあるが、本当の理由は本人にしかわからないことなのだろう。彼らに自傷行為があったのかどうかは私にはわからない。
また、自傷行為は他人に対するメッセージであることも理解した。リストカットをすることで安心感を得るケースでは、基本的に「生きるための行為」だということができること、焦燥感や怒りが引き起こす過剰な覚醒状態を和らげるために行われる場合があるとも言う。
自傷行為の意図は、第三者には理解が非常に困難であることもまれではないという。「しばしば不合理で矛盾をはらんだもの」であり、「その把握が困難である」と。第五章から第九章では、それらについて詳しく説明されている。