トリィ・ヘイデンの名著「シーラという子」の続編「タイガーと呼ばれた子」に出てくる話。虐待されて育った少女シーラが、警察署の廊下で一晩を過ごすことになり、ポケットに入ってたシェイクスピアの「アントニーとクレオパトラ」をなんとなく読み始めた、というエピソードがあります。
最初は何が書いてあるかすらわからない。だけども、繰り返し読んでいると、意味が通じてきて、しまいにはなくてはならない本になった、と。その後シーラは施設を転々としたりするわけですが、その間つねにシェイクスピアを手放さず、後にその本をくれた先生に「ありがとう」と言うのです。
これを読んだ直後、シーラと同じ体験をしたくて、シェイクスピアの翻訳を買いました。例の、有名な人の訳っす。
全然、理解できませんでした。
格調高い訳文なのだと思いますが、頭に入ってこないのです。おかしい。俺は、ろくに教育も受けてないアメリカの不良少女に読解力で負けてるのか?と悩みました。
そんなわけで、シェイクスピアは私のトラウマだったのですが、この「リア王」は違いました。たしかに私たちが普段使う日本語じゃないのですが、わりにすらすらと頭に入ってくる、場面が目に浮かぶ感じです。
「リア王」は翻案されて黒澤明の「乱」になったことで有名です。それだけではなく、私は読んでいて宮崎駿「ナウシカ」(漫画版でトルメキア王と道化のやりとり、3王子とクシャナの関係など)を連想したりしました。変装してリアを守るケント伯とか、風車の矢七みたいだよな、と思ったり。これまで、こっからいろんな人がいろんな引用やら借用をしてるんだ、と気づきました。
訳者のことばにあるように、この戯曲はフルサイズで3時間半とか4時間の上演になるんだそうです。その時間内で、ストレスなく読める翻訳です。古い話ですから、意外にあっさりした話です(書かれた当時は凄かったんでしょうが)けど、何しろ原典です。読んで損はない。名セリフがいっぱい出てきますが、誰かの引用で読むんじゃなくて、ちゃんと流れの中で読むのは楽しいです。おお!と総毛立つ台詞が出てきますよ。
早く「アントニーとクレオパトラ」を訳してほしいです。この人の訳なら、読めるんじゃないかなと。楽しみです。