ドリームスをあと一歩の所まで追いつめたものの敗退したタイガース。しかし、それをきっかけに彼らは、「来年のドリームス撃破」という新しい目標を胸に再スタートを切る。会社の倒産で生きる指針を失いつつあった野宮は、彼らを目の当たりにして、己の再起も計ろうとするが・・・。
このマンガは車椅子バスケを題材にあつかっているがために、読んだことのない人からは「そういうもの」がテーマとなった作品なのだと思われがちである(「そういうもの」というのは、僕たちが常日頃染まっている偏見やらヒューマニズムやらなにやらいろんなものだ)。しかしながら、このマンガがテーマとするその本当の射程は障害に止まらない、もっと大きくてもっと普遍的なことであって、そのメッセージは誰にだって届くべきものではないだろうか。
「失う」ということを、元来僕たちはネガティブにとらえてきた。もちろん今だって依然、失うことは恐いし、願わくは避けてとおりたいことだ。
しかし、あまりに多くのものを失ったが故に、逆に見えてくるものもあるんじゃないだろうか。たった一つの残されたものであるが故に、真剣に取り組めることだってあるんじゃないだろうか。
もちろん、障害を負った人の一生癒えることのない喪失と、僕が感じるちっぽけな「喪失」を一緒くたにすることなんてできはしない。でも「喪失したという事実」にこそ、健常者と身障者という区別なく、両者が共有できる「希望の弁証法」みたいなものが隠されているんじゃないだろうか。なんだかそういうことを、このマンガを読んでいたら思ってしまう。
もちろんこの先、野宮がプロバスケット選手として華々しくデビューしたり、高橋の社会復帰が何の滞りもなく実現してしまうなら、それは陳腐な“美談”に終わってしまうのかもしれない。
しかしそこは井上雄彦、並大抵の、予定調和の展開は用意していないのだろう。
読むのがためらわれるようなその息苦しいリアルを、この先も待望したい。