『ラヴクラフト全集5』のカスタマーレビューにも書きましたが、
僕は1読者として、この人の翻訳が悪いとはどうしても思えません。
悪い翻訳とは、物語の雰囲気を殺して、
それを無味乾燥なものにしてしまっているもののことを言うのだと思っているのですが、
そういう意味では大滝啓裕氏の翻訳は十分不気味で、
物語のおどろおどろしさ、うねくるようなリズムを表現しえていると思います。
しかしとは言っても、僕は原文を読んだことのない身です。
ただ全集1で訳者の大西氏が書かれている「原文のとっつきにくさ」
から判断して、おそらく原文もこれくらいはややこしいものなのだろうな、
と漠然と思うまでです。実際30年代のアメリカの小説というのはシンクレア・ルイスしかり、
こういうわかりにくいような晦渋なような、そういう文体が主流だったのではと思うのですが。
また、巻末の"コレクション自慢"がいやらしい、
というレビューにも反対の意見を述べさせていただきます。
というのも、コレクション自慢などどこにもなく、あるのはただ、
全集に収録されている小説がもともとどんな雑誌に掲載されていたか、
という写真資料に他ならないからです。読者にも有益なこの情報が、
どうして「自慢」などという歪んだ捉え方をされてしまうのか理解に苦しみます。
と、ここまで滔々とあまりにも意見が偏りすぎていると思われるレビューについての
個人的な反論を書かせていただきましたが、それでも僕の星の数はこのくらいです。
というのも単純に、収録されている作品がたいしておもしろくないからです。
事情はおそらく解説で大滝氏が書かれている、
「もともと選集だったはずが3巻を自分が翻訳した時点から『全集』という名前になった。」
ということがどうもその一因らしく、
最もおもしろい作品が1、2巻のほうに凝縮させられてしまって、
あとの巻はその残りをうまく配分していくしかなく、
さらにそうしてこの巻まで来てしまっては、もうおもしろい中身のある小説もネタ切れで、
一種の資料集めいたB面集的な存在になってしまったのだと思います。
しかしどんな作家の全集にもこの手の、「誰も読まないような巻」はつきものだと思うので、
まぁ、仕方ないかなぁとも思っています。
ともかくこれでラブクラフトの全小説が訳されたということで、素直にそれを喜びたいです。
でもほんとに、内容はあくまでこれまでの巻の『おまけ』程度に考えてください!