「未知のランボーを発見しよう」に惹かれて読み始めたが、ミステリータッチのフィクションの部分がちょっと私の趣味に合わなかった。でも著者がランボー研究者なので、ふんだんに引用される手紙や詩、「オガディン報告」の全文訳等、足跡を追う部分はやはり面白い。ランボーに興味のある人は誰でも、彼の書いた手紙に詩の欠片を見つけたい、撮った写真に芸術の煌めきを見たいと思い、そっけないビジネスライクの書簡の文面や家族に送った何の変哲もないポートレートを穴の開くほど見つめてしまうのではないだろうか。
私も一番知りたかったのは、「カメラはランボーにとってクリエイティブな表現のための媒体だったのか」だった。
「厳かなる退却」。パリから離れることを嫌ったボードレールと違い、ランボーは頑なまでにフランスへ帰ろうとしなかった。「オガディン報告」を読むとランボーが頭脳明晰でデキる男だったことがよく分かる。彼は仕事に生き甲斐を見いだし、ハラルでの生活を愛し、手腕家の商人として充実した10年間をアフリカで送った。ランボーは自分の生きたいように生きたのだ。
それでも、常に書き物をしていたという証言を読むともしかして、ひょっとして、発見されていない何かがあったりして、という一縷の望みがちらつく。
私も妄想の旅に出てしまいそうだ。