青年将官のモントリヴォー侯爵は、サロンの女王然とした可憐なランジェ公爵夫人に熱烈な恋をする。夫人もその気になるが、浮気と宗教心、貞節観念を交錯させなかなか落城しない。まんまと手玉に取られたと憤慨し、秘密組織を背景に復讐する侯爵。しかし、それは全くの見当はずれで、夫人は懊悩しながら道ならぬ恋の焔を燃焼させていたのだ。その至純な愛を神に捧げ、信仰生活に新たな希望の光を見出そうと、彼女は世間を捨てスペインの孤島の修道院に入るが、5年後……。
侯爵、夫人ともに陰翳に満ちた彫りの深いキャラクターが与えられ、作品をぐんと奥行きのあるものにしている。読みどころは、何といっても恋の駆引きの妙。その互いの胸を探りあうデリケートな心理戦は、男性の筆とは思えぬほど精妙に描かれている。ふたりの間で交わされるニュアンスに富んだ甘美な会話、いささかこそばゆい秘密のやり取りについ引き込まれ、華麗なサロンで狂おしい情念の火花を散らす貴顕淑女の姿が目に浮んでくる。しかし、ドラマが進むにつれ、夫人の漏らす言葉は忍び音のようなトーンに変り、嘆きの余韻が尾を引いていく。
生涯を通じて多くの女性と恋をしたバルザック。そのうちの一貴婦人が公爵夫人のモデルで、彼女とは一悶着の末に関係が解消されたという。そんな苦い恋愛体験から導き出された箴言や警句が作品にちりばめられ、匂いたつロマンスにピリリとした薬味を添えているのも特筆されよう。それにしてもエピローグで語られる夫人の運命はあまりにも悲しい。