諏訪の友人に岡谷のイルフ童画館に連れていってもらい、はじめてラムラム王とその作者を知りました。表紙のラムラム王の、なんともいえないバカっぽさに惹かれて購入。
主人公のラムラム王が自分の「本当の生まれがい」をもとめて旅をする、というくだりはメーテルリンクの『青い鳥』にも通じますが、チルチルとミチルが幸せの青い鳥を懸命に探すのにくらべ、ラムラム王には切迫感のかけらもありません。散歩にでも行くように、ふらりと旅に出る。その脱力ぶりが本書の妙味です。
旅の道すがら、気の弱い魔物や「みみずく、みみずく」と叫ぶ十八センチの小男などへんてこなキャラクターが可愛らしい挿絵とともにあらわれますが、いちばん強烈なのはやはりラムラム王。窮地におちいったら得意の変身術で珊瑚のろくろやゴム人形に化け、周囲を煙にまく。ときに優しく、ときに偉そうにふるまい、生来の悪がしこさで相手をギャフンといわせるさまはまるで一休さんのとんちみたいで爽快です。
また、ピーコピーコと鳴るろくろや海の上をポカリポカリと流される場面など、ゆたかな音声がおどるように鳴っているのも楽しい。ラムラム王のながったらしい本名には笑わされました。
印象的だったのは、大きな魚に呑みこまれることを小さな魚が受け入れる、という詩人ソログープの挿話。強者をまえにしてみずからが弱者であることを静かに引き受けるというのはかえって力強い選択でもあり、ニーチェの力への意志や永遠回帰の世界観にもつながる気がします。そしてその光景にラムラム王はおかしさを感じて吹き出してしまうのだけど、もしラムラム王が作者の変身願望のあらわれだとするなら、やはり作者も生への意志や「本当の生まれがい」を笑いながらに希求した人だったのでしょうか。
大正時代の作品だそうですが、奇想な物語と幻想的な挿絵に、まるでドイツのメルヘンを読んでいるような気持ちになりました。