うたをうたうということは、人のとても無垢な部分に帰する行為、良心のピュアさにこころを染める表現だと思います。気持ちを白にしてうたと一体となり描かれた旋律の流れに身を委ねる。すると気付かなかった優しさに出会ったり、ことばと音が織り成す風景が見えてきて、うたがこころの中に留まり財産になってゆきます。特に大切なうたに出会うと確かにその和音はその先も心を潤してくれるのです。人生にふと立ち止まった時にその旋律が戻ってきて風を吹かせてくれるのです。そこに仲間と共にうたった想い出が重なり、歌と共にその頃の情景は残ります。永遠に。若さを覚えないまま若さゆえの一生懸命な時期だけがその魔法を可能にするというか、成熟をしない情熱達だからこそ成し遂げられる無限の可能性があの頃の合唱という音楽形態は特にもっていると思うのです。
吉田美和は合唱が持つそういう素敵な部分を主題に想いをこめています。勿論コンクールに備え曲を練習する過程は、大変なしんどさを乗り越えなくてはなりません。しかしひとたびそれが終わると苦しさは思い出に変わるし、そのメロディはコンクールのためにではなく、今度は自分のために存在し始めるのです。確か吉田本人もこの曲がコンクールが終わってからも親しまれる曲であって欲しいと作曲したと述べていたと思います。
想い出がうたとともに残る合唱は、熱を入れれば入れた分だけ、またピュアなこころに回帰した分だけ、後になって透明な感情と共にうたが昇華してゆきます。そういう美しさを彼女は表していました。
メロディはゆっくりと上へ昇ってゆくようで、特にritがかかるところなどは、そっと未来へ向けて風がそよぐような、或いは窓からみた茜色の空が映るような切なさがあります。ハーモニーもアルトによる優しい旋律が交わると、人とハモることの楽しさを教えてくれ、柔らかくふわっとした出来栄えが素敵な名曲です。