この書の圧巻は、最後に出てくる、主人公が真に転向した者なのか、単なる日和見主義者なのか、という誰にも解けない疑問です。恐らく当人にも生きているうちはわからなかったのでしょう。しかし、それが歴史に埋もれた、翻弄された1人の人間の悲しさであり寂しさなのだということがわかります。写実に溢れた周恩来に比して、悪者扱いの毛沢東、他人の人間関係にはとことん無関心で自己主張のない溥儀だが、自分の身内にはそれこそ心血を注ぐ、という、果たして記述がちぐはぐなのか、中国の国民性なのか、わかりかねるところも散見されます。天皇が実に意志の人であったことも強調され、意外です。日本のごく一部の狂信者が歴史を汚したことも事実ですが、過去を徳でもって接した中国国民と、今のデモに見られる中国国民の乖離もまたみものです。