この映画の主人公は大学を出たてのスコットランド人医師ニコラス・ギャリガンだ。アミンがクーデターで前政権を倒した頃に、ウガンダに海外派遣医として赴任してきた。
ニコラスが医者として働くムガンボ村にアミンが演説しに来たのを聞きに行き、たまたまアミンの怪我の治療をしたところ気に入られ主治医になる。
アミンといえばその残虐さで有名であるが、ニコラスが出会った当時は、気さくないい人に見えた。 演説はウガンダ人の自尊心に訴える内容だが、冗談も忘れない。また民衆の中に入り一緒に踊るなど、国民の心を掴んでいるように見えた。
残虐な素性を権力を握るまで隠し通せる人もいるのだろう。世間知らずのニコラスはそれに気づくことが出来なかったのだ。
イギリスの弁務官は遠回しに警告をした。他にもおかしいと気づくチャンスは幾つもあった。ニコラスはアミンにパーティー用のスーツを新調してもらい、高級車をもらい、アミンの代理として公共事業のプレゼンに出席した。それでもそのおかしさ、その裏にある腐敗に気づくことは無かった。
権力を握ったアミンが腐敗するのは早く、前政権のオボテ支持者を虐殺し、他民族を迫害し、経済失策の責任をインド人のせいにして彼らを国外追放した。側近や身内も彼の猜疑心と残虐さからは逃れられない。
この映画はそんなアミンの残虐さを描くとともに、先進国の驕った若者の愚かさも描いている。
ニコラスは自分の無責任な行動で、罪無き人々を殺めることになる。
最後にアミンはニコラスを罵りこう言う「お前はこの国にゲームをしにきたのか。僕らは白人、お前たちは現地人というゲームを、お前は死ぬときに初めて現実を知るのだ」。この言葉は、異常人格者のアミンの言うことであっても、真実を突いていると思う。
先進国に生まれただけで英知を授かるわけではない。ニコラスは単なる受難者ではなく、災厄をもたらした愚か者でもあるのだ。