懐かしくってスルスル読んじゃいました、書かれていることがリスナーとして体験したことばかりだったので。僕は著者より8歳ほど年下なんだけど、小中はニッポン放送全盛時代。小学校の文集に「将来の夢:ニッポン放送のアナウンサー」って書く位だったし(笑)、中学に入るとBCLなんてのも流行って。スカイセンサー5800で「欽ドン!」から「ザ・パンチ・パンチ・パンチ」までヒゲ武時代の「大入りダイヤル」は、ほぼ欠かさず聞いてた。テレビはまだ一家に一台時代で、ラジオこそがパーソナルメディア、友達同士の共通言語だった。みんなニッポン放送聞いてたもん。デジタル・チューナーが珍しかったから、他局をザッピングって一般的じゃなかったし。最近はTBSが聴取率一位らしく、すごく意外。高校、大学になって文化放送に浮気したけど(「ラ講」とか(苦笑)、伊代ちゃんファンだったんで著者台本の「チャレンジ名作ライブラリー」とか)、TBSは地味だったもんね。それでも「林美雄(合掌!)パック」は聴いてたな。
今も若者は聴いてんのかなぁ?ラジオ。もちろんあの頃、テレビも共通言語だったけど、テレビは、フレームが目に入るし、家族が一緒だったりして、割合客観的なんだよね。ラジオは1人で聴くものだし、直接耳に入ってくるっていうか、心とか脳と一体になってる部分がある。あと、著者の台本の話じゃないけど、ラジオってその時流れたものをあらためて聴く機会なんてないから、記録じゃなくってまさに記憶で、だからそれを聴いてたってことは、共通の記憶ってことであり、世代論、連帯感を形成するメディアにもなっていた。歌謡曲やラジオっていう共通言語があった(あるいは共通言語しかなかった)時代と、個々の選択肢は無限で共通言語の無い時代…どっちがいいって決められないけど、「あの頃楽しかったな」って記憶だけは墓場まで持ってけるんだって思うと、ちょっと嬉しいかも。