辛口の健筆家・中野翠の健在ぶりを示す、鋭く愉快なまなざしが投げかけられた痛快なエッセー集だ。連載から厳選されたオムニバス版なので、まず内容が濃い。得意なジャンルである洋画や書籍から、芸能、政治経済、国際事情、凶悪事件、はたまた浦和レッズや大相撲まで多岐にわたる世相を、容赦ない筆致でズバッと斬っていく。鋭く、みずみずしく、奇をてらわない文章には、彼女の自由人としての強さと弱さが見え隠れしていて、実に楽しく読める。中野翠の毒舌には嫌味が感じられないのだ。
彼女の無駄な権威を身にまとわない存在感は、ほかの毒舌家にはない魅力である。だから、暗澹たる気持ちにさせられる事件の合間に、彼女が「偏愛」する映画や落語、歌舞伎の話が登場するとほっとする。それは、自己批判を怠っていないからだろう。「あとがきをかねて 追悼・赤塚不二夫さん」に見られるように、対象を自らの鏡としている姿勢が潔いのだ。そして、今の日本にはびこる付和雷同的な風潮に対して「待った」をかけ、「こういう見方もある」と違った価値観を示すことは貴重である。そこに、本書の価値があると思う。「ちょっと一服して出直そう」と世の中に向けて再出発を呼びかけ、気分の上方修正を促す、クールでポジティブな一冊だ。