ラカンは難解といわれていますが、人間に素直に向き合おうという気にさせてくれる貴重な思想家だと思います。本書は、ラカンの考え方と、フェミニズムの限界を超えていく視点がわかりやすく簡潔に書かれています。
・フェミニストは、女性とは何かという固定観念に頼り、本質主義的なジレンマに陥ってしまった。女性性は、男性性のように普遍的な機能としてまとめることはできない。絶対的な女性は存在せず、女性らしさとは、社会が構築した女性性に順応するための隠蔽である。女性を定義してみても、結局、女性が演技しているもの、他者「にとって」どういう役割を持っているか、という問題に引き戻されてしまう。なぜなら、女性が男性以上の主体となるのは、女性が本来の仮装の特徴を帯びているときだけ、女性の特徴が人工的に「装われている」ときだけだからである。
・私たちは女性を覆い隠しているが、それは私たちが女性を発見できないからである。それは創り出すしかないのだ。仮装は、男性の欲望に対する返答ではなく、男性的な幻想に対する返答である。女性は男性と比べ、より主体である度合いが高いという洞察がある。
・現実界とは、人間が試行錯誤をする場である。象徴界は反復によって現実界に働きかけるが、決して現実界そのものに代わることはない。
・ポストフェミニズムは、拡散した不安定な主体というポストモダンの概念がフェミニズムにもたらす問題に取り組み始めたばかりであるが、その答はラカンにある。安定したアイデンティティを全面的に取り除いてしまっては象徴界からの精神病の危機にさらされる脱出を招くだけである。(そこで)ラカンは象徴界との逃れがたい関わりに常に回帰していく。それは、現実界を象徴界の内部に現前させておこうとする主体の試みである。