スマナサーラ師の著作は時に自己啓発のジャンル本に扱われることがあります。
それは、ブッダのスポークスマンたる師は一貫して「幸福になるための方法」しか語らないからでしょう。
ただ、他の自己啓発書と比べて、師の著作には「具体的な成功法則が書かれていない」、「成功するための理念が甘い」という不満を持たれる方がおられるようです。
これは、師が、そしてブッダが語られる「幸福」の定義を、「自分の思っている、望んでいる、信じて疑わない幸福」の定義に読み替えてしまうために起こることのように思えます。
望んだ学校にパスすること、仕事に成功して大金を得ること、名声を得てたくさんの友人を持つこと、美しくて賢い配偶者を得ること、素直で元気な子供を得て明るい家庭を築くこと・・・。
これらを求めるべき幸福とはしていないのです。師も釈尊も。
だからライバルはいません。
勝つべき受験戦争も、恋敵から配偶者を勝ち取る必要も、他社の新製品にまけないことも、弁舌巧みに人付き合いをすることも必要ないからです。幸福となるためには。
このブッダの語られる「幸福」が本当に伝わりにくいのです。普通に生きている人間には。私とてそうです。
その伝わりにくさを超えて、「ブッダの語られていたことが真実だった」と「如実」に知る最短の方法がヴィパサナー瞑想である以上、それを勧める以外の「成功法則」はこの世には無いことになります。
ヴィパサナー瞑想に励めば、大きな智慧を得て、結果として世俗的な成功を収めるための「ライバル、競争」に打ち勝つ程度の能力は簡単に身につくのかもしれません。ただ、本気で瞑想に臨めば、最初に自分が考えゴールとしていた「成功」が決して自分を幸福にするためのものではなかった、もっとおおきなゴールがあるのだと自らで気づき、それを自らの力だけで達成できるのだよ、と師は誘っているのではないでしょうか。