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一方で戦後チトーが推し進めた自主管理体制の限界をも指摘します。民族問題を解決したかに見えた74年憲法体制も実は問題を先延ばしにしたに過ぎないこと、しかしチトーの死語スロヴェニアやクロアチアから起こった独立の気運は抑圧されてきた民族感情の発露と言うよりは、西側と結びついて経済的先進地だった両共和国がさらなる自立性を求めたというのが真相であったと述べています。
ミロシェヴィッチ大統領が殺戮の主犯であったかのような報道もなされましたが、殺戮や集団レイプを行っていたのはムスリム、クロアチアも同じであるという指摘は重要です。西側諸国に近しいカトリック系クロアチアと湾岸戦争を受けてアラブ諸国への配慮から無視するわけにはいかないムスリム人に援助を行う一方で、正教会系のセルビアが悪玉に仕立て上げられた側面も見逃せないのです。
第1章に事実の羅列が多いことと、句読点の打ちすぎのために若干読みづらさもありますが、後半はかなり読ませます。民族紛争を単なる「民族」の問題と見ないことの重要性が浮かび上がります。
この本で必見なのは、書いている解説と文章で、二つのユーゴスラヴィアすなわちティトーのユーゴスラヴィア連邦とユーゴスラヴィア王国についての包括的で、理解しやすい考え方を提供して、それらを通して長い歴史の中で、これらの対立構造が作り上げられたことなどの争点を明らかにしているところだと思います。
この地域の政治や対立構造、そして各民族の特徴や成り立ちを理解する上で、入門書として大変多くの優れた部分があると見とめるものです。
この地域に関心ある方の一読を薦めます。
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