第二巻について。
「さまよう岩岩」「キュクロプス」「ナウシカア」が面白い。「さまよう岩岩」などは、同じ時間帯の情景をいくつもの視点で描いて、最後にまとめを持ってきて、テクニカルだと思う。「キュクロプス」は「犬」の視点ではないかとも言われる章。「ナウシカア」は婦人的というようなお行儀良くもなまめかしい文体で書かれ、「ユリシーズ」の中でもまた風情のある挿話だ。
さてこの第三巻は、まず尋常の読書では歯が立たない。
「太陽神の牛」では、英文学史の各種文体を模倣するという超ちからワザ。それを日本の文体に翻訳した丸谷氏の熱意には、圧倒されると同時にあきれてしまうほどだ。文体は、内に含む言葉の意味の配置と密接に関わるだろう。任意に文体を選ぶわけにもいかない。私は日本の古典も英文学の古典も詳しくないが、源氏や夏目漱石や谷崎潤一郎や石川淳が確かにそれらしく読めるのは凄いと思う。
だが正直に言うと、8〜9割理解しがたいというのが本音。辞書が要ります。
その後に来る戯曲形式の章は、決して戯曲に出来ないイリュージョン文学である。少なくとも、尾籠な部分も含めてハチャメチャだということは分かる。暗闇に衝動的火花が散り続けているような印象を受けた。
この「ユリシーズ」は注の量も凄いが、注がないという点では柳瀬訳「フィネガン」の方が直感で読めて読みやすいか。