少し前に「新しい」とされていたような、ちょっと前のものは、かえってもの凄く古く感じることがある。
カンヌ映画祭で受賞した映画のノベライズ、しかも三島由紀夫賞の受賞ということで、当時は話題になったような記憶がある。同時に受賞した中原昌也、同時期に芥川賞を受賞した映画学校出身の阿部和重とともに、一時代築いた、まで行かないにしても、文芸界隈・人文系・サブカル、と色々な呼称があるが、そういった場所で青山は話題を作り出すような存在だった、と思う。
田舎の情景や、人間関係の描写については面白い。今でも、そんなに変わらない部分はあるだろう。携帯電話の登場という大変化はあるにしろ。
問題は、「中学生による殺人」という「心の闇」を扱っているあたりか。よっぽど90年代末のあの事件は、フィクションを作る人間にとって刺激だったのだろう、と感慨深い。
はっきり言うと、作り物じみてる。2000年ごろだと世界で「大絶賛を浴びた」はずで、多くの人々がリアリティを感じたフィクションが、10年経ってイマイチになるというのは、まあ作品が時間の経過に耐えられなかったということだろう。結局、殺人などサスペンス部分はストーリーを作るための構図でしかなくて、小中学生の子供らが義務教育を免れる部分だとか、中学生の男の子がなぜか連続殺人犯と同じ殺害方法を取れたり、ひどいご都合主義もある。まあ、2000年ごろだと、そういう嘘も信じられたのだろう。
細部に神が宿る、というが、細かい嘘の積み重ねで大きな嘘(=フィクション)を作るというのが、物語作家の腕であるだろう。細かい嘘を信じられない読者からすれば、物語全てが嘘臭く感じてしまう。というか、感じた。
と、色々と不満点はあるが、よくできたフィクションだとは思う。「沢井」という主人公にいくらか魅力があるからだろう。