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最も参考になったカスタマーレビュー
11 人中、10人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
楽園の逆説,
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レビュー対象商品: ユダヤ人 最後の楽園――ワイマール共和国の光と影 (講談社現代新書 1937) (新書)
当時のユダヤ人への視線と、その後ナチスドイツが行ったことを想起すれば「楽園」は逆説的な表現でしかないが、法律上の差別がないことで、ワイマール期のユダヤ人は、かえって「社会進出するほど差別が加速する」という板ばさみ状況を生む。ユダヤ人が政界、学会、財界の中心に進出したからこそ、保守派はあらゆる不満の責任をユダヤ人に負わせる議論を容易に展開できる。 第一次大戦の敗戦は、後方で政府を攻撃したローザ・ルクセンブルグらの左派ユダヤ人の責任だ。屈辱的なベルサイユ条約を結んだのもユダヤ人。国内のインフレも、ユダヤ人資本家による陰謀である、と。 かつて差別の対象であったユダヤ人が、ドイツ人の1%しかいないのに驚くほど各方面で活躍する。 敗戦後の不況にあえぐユダヤ人以外の国民感情はそのことをやりすごすことができない。 そのやりきれなさを右派が掬い取ってユダヤ人批判の論陣を張り、生活上の不満を簡単に「ユダヤ人憎悪」に変換する。そして露骨なユダヤ人差別やユダヤ人有力者の暗殺事件を生む。 現代でもよく耳にするユダヤ人陰謀論(世界的なユダヤ資本のネットワークが世界を牛耳ろうとしている)は、特に不況下の庶民の精神的スケープゴートとして機能していた(後にナチスドイツの経済政策がいくつか成功することも、ユダヤ人のその後の悲劇への布石となる)。 ワイマール期からナチスドイツに到る歴史は、国民感情に差別が根強い中で制度だけの平等主義がいかに危険な結果を生むか、そして群集が正義に名を借りた「憎悪」を手にしたときの救い難さを見事に示している。「ナチスドイツが国民を騙した」という議論がいかに浅薄か、前史を紐解けば容易に明らかになるということを知るために、読みやすく意義のある一冊。
5つ星のうち 3.0
多彩なエピソードによる、ワイマール期ユダヤ人の実像,
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レビュー対象商品: ユダヤ人 最後の楽園――ワイマール共和国の光と影 (講談社現代新書 1937) (新書)
本書はワイマール共和国におけるユダヤ人について述べたものである。ドイツ史上最も顕著となったユダヤ人の活躍と、やがて迎える破滅を扱っている。 記述の特徴は、著名なユダヤ人個人の思想と行動を、ユダヤ人全体の傾向の中に位置付けている点である。 第一次大戦への協力姿勢に始まる、ドイツ国家への政治的・文化的貢献を、 ユダヤ人団体によって全体を、またラーテナウなど著名人の活躍で個人を描いている。 入れ替わり立ち替わり登場するユダヤ人には確かに、ドイツ国家に多大な貢献をした者もいた。 一人一人の態度は真摯という他なく、そのエピソードには心をうたれる。 しかし一部のユダヤ人への非難が、ユダヤ人全体への非難へと容易に結びついた時代である。 その議論の妥当性はともかく、少数の有名なユダヤ人の行動や影響が あたかもユダヤ人という集団の台頭と捉えられ反感を買い、利用されたという主張には一貫性がある。 やがてナチスはこの社会的反ユダヤ主義を政治的に利用し、反ユダヤ的政策を打ち出していくのである。 ワイマール時代のユダヤ人を詳細に紹介し、分かりやすく説明している好著であるが、 しかし、所々著者の主張にはそれを裏付ける根拠が示されていないことがあった。 この傾向は終盤になるほど顕著であり、それにともない感情的にもなっている。 それまで多彩な引用をもって議論を展開してきたにもかかわらず、終盤の議論は生彩に欠ける印象は否めない。 ワイマール時代におけるユダヤ人の全体像の把握はドイツにおいてもまだこれかららしい。 著者自身もワイマール期ドイツの専門家というわけではなく、また粗削りな個所もあったが、 これから行われるであろうユダヤ人再評価の、先駆的研究と位置付けることは出来よう。
8 人中、4人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 3.0
大澤氏の著作としては食い足りない気がする,
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レビュー対象商品: ユダヤ人 最後の楽園――ワイマール共和国の光と影 (講談社現代新書 1937) (新書)
本書の著者・大澤武男氏の著作が私は好きで、これまでも「ヒトラーとユダヤ人」や「ローマ教皇とナチス」といった著作を手にしてきました。今回は久しぶりの新著ということで早速手にしてみました。第一次世界大戦後からナチス台頭までのワイマール共和国時代のドイツおよびその周辺国において政治や経済、科学や文化の側面でドイツのユダヤ人がどういう影響力を持った存在だったかについてつぶさに綴っています。科学・文化面についてはアインシュタインやカフカなどの綺羅星のごとき面々のことは知っていましたが、政治面でこれだけの人々が活躍していたというのは改めて知った次第です。 そして本書はこれだけのユダヤ人が政治面で活躍目ざましかったがゆえに、ベルサイユ体制期のドイツの疲弊の責めを一手に背負わされることになったその悲劇について繰り返し強調しています。 なかなか面白く読みました。 ただし、本書はこれまでの著者自身の書を参照するよう幾度も注が付されるほど、焼き直しの印象がどうしても強く残りました。この著者の著作を初めて手にする読者はそれでもよいでしょうが、著者のファンであるだけに私には食い足りないという思いが残ったのも事実です。 文脈からはチャップリンがユダヤ人であるかのように(4頁)、またアインシュタインがあたかも相対性理論の研究によってノーベル賞を与えられたかのようにとれる記述があります(90頁)が、もしそういうつもりで書いているのであれば、それは事実と異なると思います。チャップリン=ユダヤ人説は私も耳にしたことがありますが、その真偽は明らかになっていないものです。
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