20世紀に起こったホロコースト、そして今も根強い反ユダヤ人感情は、日本人にはなかなかわかりにくい、しかし目をそらしてはいけない問題だと考えますが、本書はその淵源を古代ローマ帝国および初期キリスト教指導者の思想に求めます。塩野七生氏のローマ人の物語シリーズの読者の方ならば、氏の作品によくローマとユダヤ人の関係(カエサルの寵愛、ヘロデ王によるユダヤ支配、カリグラ帝の挑発、ティトゥスによるエルサレム総攻撃、ハドリアヌス帝による弾圧に対するユダヤ人の反乱とその鎮圧)の記述が出てくることはご承知でしょう。それらの記述を集めれば、本作の前半ができあがるのではないかと思うほどです。もちろん、本作はローマ人の物語シリーズでは紹介されていなかった資料やエピソード、それに切り口で、元首制の時代までのローマとユダヤ人の関係を手際よく説明してくれるので、ローマ人の物語シリーズの読者にとっても大いに参考になります。結論として元首制期まではユダヤ民族を滅ぼそうという政策はとられなかった。今につながる反ユダヤ主義が芽生えるのは、キリスト教誕生以降ということになります。そこで、キリスト教化した後期ローマ帝国はどのような政策をとったか、初期キリスト教指導者はどのように考えたかが重要になってきますが、最近のローマ人の物語シリーズではそれらの点は触れられていない。それ故、本書の後半で教わることは実に多く、特にキリスト教の聖人とされる人によって、生かさず、殺さずという考え方が生み出され、それがユダヤ人の放浪の運命を決定づけたとする作者の結論はとても刺激的です。ユダヤ教とそれを母体にしたキリスト教誕生の物語に思いをはせずにはいられないでしょう。