イスラエル建国から60年。本書の第一部では、なぜどのように「ユダヤ人国家」が建国されたのか、そしてそうではないパレスチナ人との共存一国家の可能性は潰されたのかが論じられます。第二部では、イスラエルのシオニスト左派らのリベラリズムが、いかにパレスチナ人を排除・抑圧することで成り立っているのかという、矛盾と葛藤が論じられます。二部構成によって、歴史と現在が、一冊を通して重層的に描かれています。60年(あるいはそれを遡るシオニズム全体)を貫く「ユダヤ人国家」の理念を批判的に考察するために、必読の書です。
ブーバー、アーレント、バーリン、デリダ、バトラー、サイードといった思想家らの、現実の国家との格闘、論争の展開も興味深い。
また本書に通低する問題意識は、シオニズム/イスラエルの近現代史を見直すということが、ヨーロッパ近代の国民国家の歴史を振り返るということでもあり、同時に、日本という国家の成立に伴った暴力の歴史および現在にも深く根ざす「国民主義」を問い直すことでもある、というものです。
パレスチナの地における紛争はたしかにひどさを増す一方です。占領もジワジワと人々の首を絞めていっています。本書はこうしたイスラエルによるパレスチナの占領の現状を直接的にルポするものではありませんが、この占領の意味を《根底から考えること》こそが重要なのだということを示唆しています。双方の「紛争」が続いているとか、報復の連鎖が止まらないとか、そういったマスコミの表面的な捉え方では、いわゆるパレスチナ問題の原因と解決がどこにあるのかを考えることはできません。
「民族」とは、「国民」とはそもそも何なのか。なぜそれがアイデンティティとして作用したり、あるいは排除の暴力となったり、対立を生み出すのか。イスラエル/パレスチナにとどまらず、現代世界を再考するために有益な一書です。