これはぜんぜん社会学の本ではなくって、社会学者がシカゴのゲットー(つまり貧困層が集まる団地)で、ギャングたちとつるんでいたときのルポ。社会学の教科書としては全く役に立たないが、ゲットーのルポとしては抜群におもしろい。
この著者はえらく変わっている。シカゴ大学で社会学を学び始めた時、大学の近くにあるゲットー団地に足を踏み入れて、あやしまれて(そりゃそうだ)、いきなりその日にギャングに軟禁されて家に帰れなくなる。そんで、しばらく経ってボスのJTっていうのがやってきて、JTの裁量で結局返してもらえることになった。でもこの著者は次の日また団地に乗り込んで行って、結局このJTと仲よくなってしまうのだ。
若きヴェンカティッシュは、JTとはうまく距離を保って「社会学」をやろうとするのだけれども、著者も認めている通りそれはなかなか難しかった。「団地」は、普通の社会とは違う論理で動いている。麻薬売人、常習者、ホームレス、悪徳ポリ公、まともな住民(少し)、売春婦、等々、集団の構成員が普通とは違う。かなり。JTのやっていることはもちろん普通の常識からしたら悪いことだし、そのJTとつるむっていうのは普通に考えるとあんまりよろしくないことなんだろうが、この世界では中産階級の郊外人と同じようなルールをあてはめて生活していたら生き残れないのだ。文字通り生き残れないのであって、たくさんの人が死んでいるのだ。
法律を含めて、社会のルールというのは、社会を円滑に運営するためにあるのであって、ルールが社会を作るのではなくて社会がルールを作るのだ。JTが実践しているのはそういうことで、ヴェンカティッシュやぼくらがそれを見て(読んで)戸惑うのは、JTがやっているのは「正しい」ことなのかもしれないと思うからだ。そういう戸惑いを読者に与えるということは、本として上出来の証である。