さて、村上春樹の1Q84がシンフォニエッタから始まりました。これからこの曲も売れるんだろうな、と思いつつ書いております。
マッケラス、アンチェル、ティルソン・トーマス、クーベリックと名演奏が並んでるなかで、なぜノイマンの演奏かということなのですが、妙なことを書きますが、オーケストラが下降線を描くとき、そのままいっしょに体が落ちていくような独特の感覚が味わえるからです(変ですよね、書きながら変だとは分かっているんです)。
よく聴いていると、この作品は特徴のある下降線が多いんです。もちろん音楽の線は上昇と下降から成り立っているのですが、上昇はそれほど特徴があるように思えないのですが、降りるときに小さいながらも不思議な魔力がついていて、その魔力をとても上手く引き出しているように思うのです。思うに、ノイマンにはその子悪魔だけではなくて何かが見えています。
この作品は、誰もが知るごとく妙なタイトルが各楽章に付されています。第2楽章は「城」、第3楽章は「王妃の僧院」、第4楽章は「街」、第5楽章は「市庁舎」です。極度にセンチメンタルな王妃の僧院が何となく、そうかな、と思わせる以外には具体的な意味と音楽が一致せず、背景的な意味もあるのでしょうが、それよりも作曲家の個人的な過去の経験や幼少の記憶が色濃く反映された音楽です。
どうかお確かめください。この世界に触れたら戻れません。