最初は、主人公のレイラが何の罪をおかしたのか、誰が彼女の恩赦を申請したのか、また、なぜ彼女がこんなにも頑ななのかは、まったく分かりません。ヤコブ牧師や手紙が、レイラをどう変えていくのか、そんなことを気にしながら見ることになります。
ヤコブは、手紙に書かれた、ささやかな日常の悩みから、家庭内暴力の訴えといったシリアスな問題まで、多岐にわたる相談ごとに丁寧に耳を傾け、祈りを捧げるが、実は手紙が届くことによって生きる力を得ているのは、ヤコブ牧師の方だと分かってきます。絶望しているのはレイラだけでなく、ヤコブもまた盲目と老いと闘いながら、深い孤独を抱えて生きているのだ。
根底に流れるテーマは、孤独と贖罪。終盤に語られるレイラの秘密は悲しくショッキングなものでした。彼女の絶望は深い。それでも最後に、レイラの手には姉の住所が握られているのが嬉しかった。
手紙は、レイラとヤコブの両方に、誰かを必要とし、必要とされることの素晴らしさを教えるのだ。
フィンランド映画といえば、アキ・カウリスマキ監督ですが、不思議な空虚感、現実感がカウリスマキにちょっぴり通じる部分もあるかも。
役者はほとんどなじみがないし、監督のクラウス・ハロも日本では無名に近い。だけど、優しくて清廉なこんな作品を作るこの監督は、今後注目すべきですね。
レイラを演じたカーリナ・ハザードのぶっきらぼうな感じ。媚びないし、相手が全盲の牧師も容赦ない。でも、自分の運命を受け入れ傷付き背負ってしまった物の大きさと、何より、腹を立て出て行こうとした時でさえ、自分の使っていたベッドのヘリを整える姿にはっとさせられます。
ヤコブを演じたヘイッキ・ノウシアイネンは、まさに名演。特に弱さを見せた時が秀逸でした。郵便配達人のコッカ・ケイノネンも、ちょこちょこっと出てきては、レイラの心境の変化を握るいい演技をしていました。