この作家さんの作品はいつも、単に『気持ち悪い』だけで終わってはいけないと思う。例えば「B39」に描かれている過激な性描写やおろかな男たち、それに翻弄される女たちはそのまま、過去や現代に世界中のどこかで起こっているであろう悲劇の縮図ではないのだろうか?「B39ー2」を続けて読むとそのことがわかるような気がする。平和な日本でのほほんと暮らしている私たちも、そのような不幸な事実があること、また、歴史の繰り返しの中で、人間というものはとても愚かな動物であることを知っていなければならないのではないか。何もできなくても、知っていることで何も変わらなくても、知らないより知っていなければならない。そのことを教えられているような気がする。
「鹿の目」や「不浄道」では、人やその生き方を崇拝することで、その全てが意味を持ちどんどん膨らんでいく中で人間がいともたやすく変わっていくことの怖さ、またそれが崩れ去り(思い違いだったと気づき)その時の自分の苛立ちやがっかりする思いが面白く描かれている。「ヤイトスエッド」にしてもそうであるが、何事も行き過ぎるといけないということなのかな。「鹿の目」に表現されている桃子の部屋の空気などの描き方が私は好きだ。