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吉田秀和がモーツァルトについて書いた時、前には小林秀雄の「モォツァルト」がありました。たたみかけるような名文で悲劇の天才を論じた小林秀雄のエッセイには、妖しい魅力があり、毒がありました。多くの音楽ファンが小林秀雄の毒の虜になり、悲劇的な短調のモーツァルトが世に定着しました。吉田秀和は、そのような環境の中でモーツァルト論を書き始めました。
オペラに目もくれない小林に代わって「フィガロの結婚」や「魔笛」の魅力について語り、短調部分だけでなく長調の部分にこそ透明な哀しみが潜んでいることを解き明かし、何よりも無駄のない音符の配列の妙に天才のゆえんがあることを力説してくれました。18世紀のヨーロッパという時代背景についても、目配りがきいていました。
モーツァルトファンにとっては、今でもバイブルのような本です。
日本語でこのような音楽論を読めるということにまず驚き、感謝したくなるような一冊である。映画「アマデウス」に描かれたモーツァルトのイメージにふりまわされないように。天才的な聴覚的感性と構成力を備えた、それゆえに粗雑な音楽が創ろうにも創れなかった人間。吉田が論じる音楽は、それを創りだした作曲者の人間像に迫り、その産物である楽曲を演奏するものの内面に言及し、ひいてはそれらの背後にある文化や人間生活の実相に及ぶ。そこでは音楽は一つの専科ではなく、もはや普遍的な「もの」である。その一方で、アインシュタインの「死とはモーツァルトが聴けなくなることだ」という言葉に素直に共感できる柔らかい心がこの著者にあることも忘れてないけない。
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