トン・コープマンとモーツァルトの五つ星の三連打。
「ディヴェルティメント集」、「ハフナー・セレナーデ」、「戴冠ミサ」。
古楽器を使ったピリオド奏法。軽快で引きしまったリズミカルな演奏は、
響きの美しさと相まって、あらがいがたい快感、心地よさを、耳から脳髄に送り込んでくれる。
「クレド」の場面は、教会で指揮するモーツァルトの姿がありありと浮かんでくる名演。
「ベネディクトゥス」冒頭はセレナードの可憐さで鳴りわたる。
魂を持っていかれるような平穏さで始まる「アニュス・ディ」のソプラノ・ソロは、
神に捧げるアリアとなって輝いている。
モーツァルトはフリーメイソン会員だったこともあって、
正統派教会の信者としての真剣さはもっていなかったし、
イタリア旅行でイタリア人たちがかなり自由な形で教会音楽を作り、演奏し、
生活の中に取り入れているのを知っていた。
だからこの曲がことさら非教会的とか器楽的とか、その点をとやかくいうのではなく、
モーツァルトが最高度に人間的な精神に立って、至高の楽曲を神と人の前に差し出してくれたことを
祝い、愛聴する。「サンクトゥス」冒頭の合唱部分には、バッハの宗教曲よりも聖なるものが感じられる。
この曲が終わって続くのは、モーツァルトが唯一、晩年に完成させた感謝の思いがこもった宗教曲、
「アヴェ・ヴェルム・コルプス」
ラテン語歌詞
Ave verum corpus natum de Maria Virgine.
Vere passum immolatum in cruce pro homine:
cujus latus perforatum unda fluxit et sanguine.
Esto nobis praegustatum in mortis examine.
日本語訳
めでたし、乙女マリアより生まれ給いしまことのお体よ
人々のため犠牲となりて十字架上でまことの苦しみを受け
貫かれたその脇腹から血と水を流し給いし方よ
我らの臨終の試練をあらかじめ知らせ給え
ラテン語歌詞を見ながら聴くと、より音楽がしみこんでくる。
最後の一行は、つねに死を意識していたというモーツァルトのことを思うと、意味深い。
アルフレート・アインシュタインが「モーツァルトのこのような曲を知らない者は、
モーツァルトを知る者とはいえない」と書いたヴェスペレ曲、K339も収録。
厳しい対位法のフーガの後に来る「Laudate Dominum」の天上的な響き。
最後の曲は、ソプラノにとっての愛唱曲となっている「Ahheluja (ハレルヤ)」で締めくくられる
完全にラテン的な、イタリアの陽光の下で光り輝くモテット。
コープマンのモーツァルト・シリーズは録音も飛び抜けて優秀。
このカストラートのために書かれた曲をヘッドフォンで聴くと、
当然ソプラノ歌手の声がセンターに位置しているのですが、
それをとりかこむ音場が、なんともいえず豊かです。