モーツァルトのピアノ協奏曲というジャンルの中で、晩年の−−と言っても、わずか35歳の若さで世を去ったした早世の天才モーツァルトにとって、それはまだ30歳と35歳のときのことだが−−代表的作品である第25番K.503と第27番K.595のカップリング盤。
ハ長調のK.503は、彼の代表的オペラである『フィガロの結婚』の直後に、これも晩年の作品群のひとつである交響曲第38番『プラーハ(プラハ)』と前後して作曲された作品で、モーツァルトのピアノ協奏曲の中では、まるで交響曲のような、もっとも構成の堅固な作品として知られる。
また変ロ長調K.595のほうは、モーツァルトの夭折の年である1791年の作品として有名で、よく言われるように、澄み渡った秋空のように清々としている底に深い悲しみの感情が垣間見られる、モーツァルトの現世への“決別の歌”である。
グルダのピアノ演奏は、この2曲の特徴を鮮やかに弾き分け、第25番K.503は端正な表現の中に強い意志を、第27番K.595のほうは晴れやかな演奏の中に透明な悲しみを浮き立たせる好対照の名演であるが、曲の特徴を過度に強調するような押しの強いところはなく、抑制の効いた表現で曲の特徴を際立たせている。これは特にK.595において効果的で、不遇だった晩年のモーツァルトの悲しみが強く胸に響く。
アバドの指揮によるウィーンフィルの演奏も、あくまで正確なフレージングの中に瑞々しさをたたえた名演。往年の、ジョージ・セルの指揮するクリーブランド管弦楽団の演奏を思い出す。
これらの2曲の代表的名盤として広くお勧めできる。
なお、第27番・変ロ長調K.595の第3楽章(フィナーレ)の主旋律は、この曲の数日後に作曲された子供向けの歌曲(童謡?)“春への憧れ”K.596という愛らしい作品のメロディーにも使われたという小さなエピソードもある。