淡麗辛口ばかりになってしまった最近の薄味なモーツァルトへの、芳醇旨口の強烈な逆襲。
オケは内田光子自身の弾き振りでクリーブランド管。その名人ぞろいの木管群の響きの何と濃厚で美麗なこと。実に豊潤で感情の色濃い演奏だ。
従来のモーツァルト演奏は作曲当時のクラヴィールを意識して、インテンポでダイナミックスはむしろ抑制し、アーティキュレーションやタッチの変化で音楽を作ってきた。内田のこの演奏は、この伝統に対する美しい反抗だと思う。
音量自在の現代ピアノから、内田は弱音から微弱音に至るグラデーションを鮮やかに紡ぐ。密やかなピアニッシモにおける音色や響きの多彩な美しさは比類がない。テンポも微妙に揺らし、濃やかな情感や美しソノリティが私たちの心に染み渡る。
クリーブランドの名人たちの正確なアンサンブルと完璧なハーモニーは耽美的ですらある。木管群はピアノと対等な位置に引き寄せられて、交互に歌い合い自由で伸びやかな対話を繰り広げる。ハ短調の終楽章では内田はあえて弦をソロの四重奏にして絡めてくる。これはもう室内協奏曲。内田が弾き振りとしたのには必然性があり、しかも成功している。
このライブ録音はモーツァルトの「再録」というのではなく、これはむしろブーレーズとのベルグの室内協奏曲の録音に触発され、その延長上にあるものではないか。内田の新境地だと思う。